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2019/02/12

【外務省】日本の領土をめぐる情勢 北方領土(8) 日露間領土問題の歴史に関する共同作成資料集

1.意義

  この共同資料集(The joint compendium of materials on the History of the Territorial Issue)は、1992年に日・露外務省が初めて共同作成した北方領土問題に関する資料集です。
  我が国は、それ以前にもロシア語版を含む北方領土問題の広報資料を作っていましたが、ロシア側と共同でこの資料を作成し、ロシア国民に幅広く配布できたことは、かつてソ連が北方領土問題の存在すら否定していたのに比較すれば劇的な変化であり、ロシア世論の啓発のためにも画期的なことでした。



2.経緯

  この共同資料集の作成については、1991年秋に当時のソ連側より非公式に提案があり、1992年3月20日の第1回日露外相会談で正式に決定されました。その後、1992年9月29日に両国で同時に発表しました。



3.新版について

  2000年9月のプーチン大統領公式訪日の際に両国首脳の間で署名された「平和条約問題に関する声明」において、この1992年発表の資料集を増補するものとして、1993年以降の時期にかかわる資料を含めた新版を準備することが合意されました。これを受け、翌2001年1月の日露外相会談時に、その新版の内容につき意見の一致をみたものです。

2019/02/11

【外務省】日本の領土をめぐる情勢 北方領土(7) 北方領土問題に関するQ&A

Q1
北方領土問題に関する政府の基本的立場は、どのようなものですか?

A1
我が国政府は、我が国固有の領土である北方四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)の帰属に関する問題を解決して平和条約を早期に締結するという一貫した方針を堅持しています。また、北方四島の我が国への帰属が確認されるのであれば、実際の返還の時期、態様については柔軟に対応する考えです。

【外務省】日本の領土をめぐる情勢 北方領土(6) 北方四島への渡航に関する枠組み

1.四島交流(日本人と四島在住ロシア人の間の交流のための訪問)

経緯
(イ)1991年4月の訪日の際、ゴルバチョフ大統領から、日本国民と北方四島住民の間の交流の拡大、日本国民による四島訪問の枠組みを設定することが提案されました。

(ロ)これを受け、同年10月、日ソ外相間の往復書簡により、「領土問題解決までの間、相互理解の増進を図り、領土問題の解決に寄与すること」を目的として、「日本国民」と「継続的にかつ現に諸島(歯舞群島、色丹島、国後島び択捉島)に居住するソ連邦国民」との間の相互訪問の枠組みとして設定されたものです。

対象者
1991年及び1998年の閣議了解により、日本国民の対象者を、当面、以下の者で総務庁長官及び外務大臣が適当と認めるものに限定しています。
1)北方領土に居住していた者、その子及び孫並びにそれらの者の配偶者
2)北方領土返還要求運動関係者
3)報道関係者
4)この訪問の目的に資する活動を行う専門家(1998年以降)

実績
1992年以来、現在までに日本側訪問団のべ12,439名(328回)、四島側訪問団のべ8,859名(222回)、合計21,298名(550回)が参加しました。また、現在までにのべ146名の国会議員が参加しました。

【外務省】日本の領土をめぐる情勢 北方領土(5) 北方領土への渡航自粛要請

政府は、日本国民に対し、北方領土問題の解決までの間、北方四島への入域を行わないよう要請しています。

また、この関連で、政府としては、日本国民や第三国の国民が北方四島で経済活動を行うことを含め、あたかも北方四島に対するロシアの「管轄権」を前提としたかのごとき行為を行うことは、北方領土問題に関する我が国の立場と相容れないものと認識しており、そのような活動を行わないよう要請しています。

仮にこれらの活動が判明する場合、政府は、適切に申入れ等を行ってきています。

2019/02/10

【外務省】日本の領土をめぐる情勢 北方領土(4) 北方領土問題の経緯(領土問題の発生まで)

北方領土問題が発生するまでの歴史的経緯、概要は次のとおりです。

第2次世界大戦までの時期

日魯通好条約(1855年)

  日本は、ロシアに先んじて北方領土を発見・調査し、遅くとも19世紀初めには四島の実効的支配を確立しました。19世紀前半には、ロシア側も自国領土の南限をウルップ島(択捉島のすぐ北にある島)と認識していました。日露両国は、1855年、日魯通好条約において、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の両国国境をそのまま確認しました。



【外務省】日本の領土をめぐる情勢 北方領土(3) 北方領土問題とは?

北方領土問題とは?

(1)日本はロシアより早く、北方四島(択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島)の存在を知り、多くの日本人がこの地域に渡航するとともに、徐々にこれらの島々の統治を確立しました。それ以前も、ロシアの勢力がウルップ島より南にまで及んだことは一度もありませんでした。1855年、日本とロシアとの間で全く平和的、友好的な形で調印された日魯通好条約(下田条約)は、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境をそのまま確認するものでした。それ以降も、北方四島が外国の領土となったことはありません。



【外務省】日本の領土をめぐる情勢 北方領土(2) 北方領土問題の概要

北方四島の概況

【主要産業】

北方領土周辺の水域は親潮(千島海流)と黒潮(日本海流)が交錯しているため,水産物が極めて豊富で,古くから世界三大漁場の一つに数えられている。そのため,戦前,同水域では我が国の水産業が盛んであった。また,林業,魚類のふ化事業,鉱業,畜産業なども行われていた。現在は,漁業,水産加工・缶詰製造業等が行われている模様。

【北方領土におけるロシア軍】

旧ソ連時代の1978(昭和53)年以来,ロシアは,わが国固有の領土である北方領土のうち国後島,択捉島と色丹島に地上軍部隊を再配備してきた。その規模は,ピーク時に比べ大幅に縮小した状態にあると考えられるものの,現在も防御的な任務を主体とする1個師団が国後島と択捉島に駐留しており,戦車,装甲車,各種火砲,対空ミサイルなどが配備されている。(平成29年版「防衛白書」より)

【外務省】日本の領土をめぐる情勢 北方領土(1) 北方領土データ

北方領土の面積
(㎢)(%)
島面積
(㎢)
面積比較
(㎢)
人口
(人)
歯舞群島 95 2% 93 小笠原諸島 104 5,281
水晶島 12 986
秋勇留島 2 88
勇留島 10 501
志発島 58 2,249
多楽島 11 1,457
海馬島
貝殻島
- -
色丹島 251 5% 248 隠岐本島 242 1,038
国後島 1,490 30% 1,489 沖縄本島 1,207 7,364
択捉島 3,168 63% 3,167 鳥取県 3,507 3,608
合計 5,003 100% 4,997 福岡県 4,986 17,291

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